みーくんの思考世界

自閉症スペクトラム障害、うつ病により休職中の社会不適合者が綴る雑記ブログです。現在は、転職活動中です。

【スポンサーリンク】

「働く意義」あなたはどう説明しますか?

【スポンサーリンク】

f:id:MiyquN:20191124184511j:plain

 

どうも、みーくんです。

時が移ろうのは早いもので、気づけば11月も終盤に差し掛かっています。

街中の装飾や雰囲気も次第にクリスマス仕様になってきましたね。歳を重ねるにつれて、年明けを恐怖に感じてしまいますが、悔いの残らないよう残りの1ヶ月を充実させていきたいものです。

さて、私は依然として転職活動に邁進していますが、真剣に向き合っていると、突如自分は何のために必死になっているのか分からない感覚に苛まれることがあります。何番煎じだよという指摘は承知の上で、本日は「働く意義」に関するお話をします。

 

「労働」に対する根本的な疑問

現代は少子高齢化による未曽有の人手不足が社会問題となっています。そのため、転職活動では、「売り手市場」であると言われ、総務省の『労働力調査』によれば有効求人倍率は1.59倍なので、単純計算で求職者一人につき最低でも企業一社には必ずありつくことができる状況です。そのため、採用力のない企業ともなれば、あらゆる手を打ち、募集をかけてなくてはなりません。

就職氷河期では考えられなかった逆転現象が発生しているわけですが、実際に私が転職活動をして気づいたことは、「人手不足」なのは、一般的に人が働きたがらない業界や過酷な労働環境が蔓延している中小企業に集中しているということです。大手企業や優良企業は確かに早期退職制度による欠員補充も強化していますが、それでも人気なのでPRを打たなくても求職者が集まってきます。ゆえに現代社会は「奴隷のように働いてくれる労働者」が不足していると騒ぎ続けているということになります。

私がエージェント経由で応募している企業は軒並み優良企業であることが多いので、どうしても立場が「企業>求職者」となってしまいます。弊社に入社したいのであれば、それ相応のスキルと、弊社仕様の志望動機と自己PRを用意してこいということです。しかし、これも不自然な話で、採用側として作りこんだ志望動機だと知っているのに何故それを求めたがるのか不思議な気持ちになります。

 

「その志望動機は弊社でなくても実現できますよね」

⇒当たり前だろ。心からやりたい仕事に就けるんだったら誰も苦労してないわ。誰しも妥協しているってことを考慮しろよ。これが真実なんだよ。

 

と直接言ってやりたい心境になります。しかし、私たちは社会という檻の中で生きていかなくてはならないので、それに迎合する必要があります。嫌なら起業すれば良いだけで、そのスキルとリスクヘッジできる能力がなければ大人しく雇われの身になるしかありません。よって、企業ごとに脚色していくのですが、本気で進めていくうちにバカらしくなってくるのです。もはや何も対策せずに面接した方がミスマッチが起こらないのではないかと考えてしまうわけです。

そこで考えるわけです。「そもそも、何故働くことが前提になっているのか」と。当然、日本国憲法では「勤労の義務」として定められているので割り切るしかないのですが、労働を強制され、そこに何の意義も感じられないまま無碍に時間を過ごしていくのは人間らしさという観点からいかがなものかと思うわけです。

 

行動した先に働く意義を見つけられる

何の文句も言わず、または文句があったとしても義務感で労働している日本人は本当に従順で立派です。私は社会不適合者なので、退職金で潤った貯蓄と何かしらの不労所得で生きていければ、それが勝ち組であると思ってしまいます。

私は何か「目的」がないと行動に移せない人間です。行動より先に思考がきます。例えば、目的地がないのにブラブラ出掛けることも苦手です。したがって、「働く意義」を見つけられないと仕事に精が出ず、会社員としてを続かないのです。とはいえ、私にとって非生産的な日常を送ることも苦痛になります。仕事を通して実現したいことも明確に定まらないので、もはやどちらに転んでも生き地獄です。

果たして働く意義はどうすれば見つけられるのでしょうか。私が取り上げているテーマは「金のため」等のいわゆる経済的理由とは異なった見地に立っています。少し哲学的な、「労働」の本質に触れたお話です。そこで、家族や友人に相談したりネットサーフィンでヒントを探していたところ、私にとっての暫定的な最適解を見つけることができました。あくまで「暫定」ですけどね。

結論から言うと、誰しも働く意義を見つけられていないので、「思考」より「行動」を先にとることが近道になるということです。仕事を選ぶのではなく、ある仕事に独自の解釈や意味づけをする等工夫を凝らすということです。

私は今まで「結果」の報酬ばかりを期待していたことに気づきました。今は退職している企業に新卒で入社したのも「ネームバリュと世間体のため」です。しかし、そのような考えを持っていた私は崩れてしまいました。自分の心と対話し、自分が本当に活躍できる場所を見つける努力をしてきませんでした。労働の本質は「目的」の報酬です。その目的を見つけられないので今苦労しているのですが、「他者への貢献による自己実現」に結局収束してしまうと気づきました。当たり前に感じてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとってはこのあたりを明確にしておかないと気が済まない性格なのです。

他者への貢献による自己実現はどの企業でもできます。したがって、まずは幅広い選択肢でもって企業に入社し、「行動」先行で仕事をしていくことで「自分なりの自己実現」を自然に見つけられるよう努力していきたいと思います。