みーくんの思考世界

自閉症スペクトラム障害、うつ病で休職中の男が綴る雑記ブログです。YouTube配信もやっています。→https://www.youtube.com/user/xnfangbmg

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休職前までの経緯

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どうも、みーくんです。

今回は過去の経緯を踏まえ「自閉スペクトラム症」「うつ病」発症の原因に至るまで綴っていこうと思います。

 

2016年入社から2017年3月末まで(社会人一年目)

長き就職活動も幕を閉じ、私は晴れて2016年に某SIerに入社しました。同業他社と比較して規模・知名度共に申し分なかったので、私は今後のキャリア人生に目を輝かせていました。あの時の覇気は今でも思い出せます。

もともと営業志望だったため、配属先もほぼ決まっていました。そこでの業務は見積書の作成、上司の得意先への顧客先訪問同行が主でした。上司はコミュニケーション能力、タスク管理能力、スケジューリング能力といった、いわゆる業務遂行における基本に忠実で、非常にストイックな方でした。対して、私は他人と比べて成長するのが遅く、じっくり取り組まないと花咲かないタイプでした。上司は素早く成果を求めるタイプだったので当然私との相性は最悪で、同期に愚痴を漏らしては憂さ晴らしをする日々を送っていました。しかし、今振り返ってみると、私の方に落ち度があったと痛感しています。というのも社内のあらゆる付き合いをシャットアウトしてしまう程、内向的な人間だったからです。社内の私的な飲み会は断り続け、部や課の飲み会で幹事を任された際も嫌々ながら受け身でこなしていました。社内の付き合いが面倒臭く億劫に感じていました。人付き合いが面倒臭いなら、そもそも何故営業として入社したのかとツッコミを入れられそうですが、当時就職活動していた際は、「職種」より「ネームバリュ」で選んでいたため、入社してからミスマッチが起きたのだと考えてます。「新人はとにかく上司に媚びて可愛がられるよう努力するもの」という風潮が大嫌いで、馬鹿らしく感じていました。そんなこんなで過ごしているうちに、当然周りは私を避けるようになっていき、気づけば仕事で躓いたときの相談相手も失ってしまいました。次第に孤独を感じてきましたが、自分が招いたことだから仕方ないと割り切っていました。2017年3月、人事異動の話題で持ち切りの時期、ついに社内異動が命じられました。それも部長直々に、です。部長は以前より私が居場所を無くしていることを勘案し、部署異動をさせるかどうか検討していたようです。私としては、もう一度リセットできるという意味で前向きに捉えていました。

 

2017年4月から2017年6月末まで(社会人二年目前半)

社内異動先では、特に人間関係に悩まされることはありませんでした。仕事も徐々に慣れてきて、案件も一人でこなすようになってきました。少しだけ仕事に面白みを感じてきたのがこの時期です。しかし、とある日私の不注意でセキュリティ事故を起こしてしまい、課の恥さらしをしてしまいました。いや、課ではなく会社全体と言うべきですね。会社のイメージダウンにつながってもおかしくない事象です。担当していた案件が佳境だったため、非常に後悔しました。後悔はしていたんです。しかし、反省が足りていなかったと今では思います。セキュリティ意識よりも受注を達成することが大切だという考えが先行していました。私は、このまま解雇されるのではないかと怯えていましたが、後日部長から告げられたのは、またしても「社内異動」でした。

解雇はされずに済みましたが、私が全力を注いだ案件から外されたことは何よりショックでした。

 

2017年7月~2018年3月末まで(社会人二年目後半)

正直なところ、社会人二年目にして2度社内異動したのは私だけだと思います。周りからも問題児扱いされていたことでしょう。しかし、私にはそのようなことはどうでも良く、新しい案件を持ってくることに集中していました。ところが、異動先の部署で指示されたのは雑務といっても良いものでした。コピー取りやスケジュール取りばかりでした。顧客先同行はしていたものの、自分が担当する案件は何ひとつありませんでした。営業だというのに顧客対応は全くせず、誰でもこなせるような仕事しか降ってきませんでした。上司の作成している見積書を手伝ってもいいかと交渉しても断られる始末。次第に、手持ち無沙汰な時間が増えていき、何のために組織にいるのか分からなくなっていました。まぁセキュリティ事故を起こすような人間に仕事を頼みたくないという気持ちは持たれて当然ですね。このような状況にも関わらず、またしても私はセキュリティ事故を起こしてしまいました。以前と比べ影響は小さいにせよ、セキュリティ事故には変わりありません。

 私は当分の間、社内から出ることを禁止されました。出禁というやつですね。したがって、顧客先同行も無くなってしまい、私は何も任されなくなりました。社内にいてボーッと時が過ぎるのを待つ。給料泥棒と言われてもおかしくない状況です。しかし、当時の私には非常にショックでした。というより同じ失態を繰り返してしまう情けなさ、の方が正しいですかね。次第に組織にいる必要性も感じなくなってしまいました。

出禁が解除されてからは、上司から新規顧客開拓の仕事を任されました。いわゆるテレアポというやつです。本来であれば、素直にタスクをこなすべきですが、私の受け取り方はひねくれていました。「私に既存顧客をやらせてもらえないのは、今まで積み上げてきた信頼を崩したくないからだ」そう考えてしまっていました。いや、それ自体は正しい思考回路ではあるんですがね。私は極度のマイナス思考だったため、指示された内容に対し不服を感じ、自分だけ皆から外された仕事をしていると思い込むようになりました。一種の被害妄想とも言うべきでしょうか、まとわりついた負の考えに囚われ、次第に欠勤も増えてきました。唯一、暗闇の中に差し込んだ一筋の光になり得たのが、5件のテレアポで1件ひっかかったってことでしょうかね。その新規顧客へは、私が主体となり様々な切り口から自社製品の提案を行いました。

私の会社では、社会人二年目から三年目になる際に昇格試験が課され、これをパスしないと上のランクにいくことができない制度があります。それは自身が今まで行ってきた営業活動とその成果(受注成果)について論文を執筆し、役員の前で発表するというもの。私はこの昇格試験を意識して開拓した新規顧客に対し、営業活動をおこなってきました。執筆する際は「計画書作成→論文骨子の作成→本論作成」といった会社が定めた順序がありました。しかし、私は順序を無視し、先に本論を作成してしまえば後が楽という考えを元に進めてしまいました。先に完成したものがあれば、後はそれを添削していけばいいだけだと考えていたからです。作成中、上司から何度も「会社が指定した順序に従え」と警告を受けていたのにも関わらず、私は自身の進め方に頑なにこだわり続けました。

結果、試験には落第してしまいました。今となっては当然だと思うようになりましたが、これをきっかけに家に引きこもるようになり、無断欠勤を重ねてしまいました。

 

次回に続きます・・・